私たちの教会

教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。 エペソ人への手紙 1:23

キリスト教の信仰は教会信仰です。と言っても立派な会堂を建てるという意味ではありません。聖書に「神の教会」「生ける神の宮」あるいは「キリストのお体」と表現されているように、教会は主イエス・キリストを頭として、さまざまな役割を担った信徒たちが集まり、神を崇めるところを指しています。

教会で主イエス・キリストを救い主と信じる信仰の告白をして、礼拝を捧げることは、主の御心にかなう正しい信仰です。過去2千年間、教会は主の教えを信じ、教会信仰を維持し、今日までそれを継承してまいりました。これからも主の再臨の日まで、教会は陰府(よみ)に打ち勝つ力を神からいただき、神と人とが出会う神聖な場所として後世に受け継がれて行くことでしょう。

教会信仰

信仰告白

使徒信条

我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。

我はそのひとり子,我らの主イエスキリストを信ず。

主は聖霊によりて宿り、おとめマリヤより生まれ、ポンテオピラトのもとに苦しみをうけ、

十字架につけられ、死にて葬られ、よみにくだり、

三日目に死人のうちよりよみがえり、

天にのぼり、全能の父なる神の右に座したまえり。

かしこより来たりて、生ける者と死にたる者とをさばきたまわん。

我は聖霊を信ず。聖なる公道の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、

体のよみがえり、とこしえの命を信ず。 アーメン

キリスト教が始まって以来、どれだけの異端宗教が起こったか数えきれません。それによってどれほど多くの人たちが迷いの奇禍に遭われ、滅びの落とし穴に落ちてしまったのでしょう。まことに嘆かわしいことです。

使徒信条は使徒伝来のキリスト教の基本中の基本の信仰観を表明したものです。もし、使徒信条の1項目でも遺脱していたら、その信仰は異端宗教とみなされます。世界の教会の共通した信仰は使徒信条にもとづいた信仰教理なのです。

教会信仰