礼拝/祈り会/聖礼典

イエス様は救いの神様です ルカの福音書より (40)

2015年7月19日礼拝メッセージ
主題:イエス様は救いの神様です ルカの福音書より (40)
聖書:ルカの福音書 9:18-22
聖句:ローマ人への手紙 10:13
「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる」のです。
説教: 三宅忠雄牧師

ルカの福音書 9:18-22
18 さて、イエスがひとりで祈っておられたとき、弟子たちがいっしょにいた。イエスは彼らに尋ねて言われた。「群衆はわたしのことをだれだと言っていますか。」
19 彼らは、答えて言った。「バプテスマのヨハネだと言っています。ある者はエリヤだと言い、またほかの人々は、昔の預言者のひとりが生き返ったのだとも言っています。」
20 イエスは、彼らに言われた。「では、あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」ペテロが答えて言った。「神のキリストです。」
21 するとイエスは、このことをだれにも話さないようにと、彼らを戒めて命じられた。
22 そして言われた。「人の子は、必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちに捨てられ、殺され、そして三日目によみがえらねばならないのです。」


メッセージ概要 

1)あなたがたはわたしを誰と言うか      
福音書には主イエス・キリストのご生涯が描かれています。ルカの福音書は、先週の「2匹の魚と5つのパンで5千人を養った」というお話までが前半、今日の箇所からが後半といわれています。


前半では、イエス様が神の国の福音を伝える働きに専念されている様子が描かれ、後半には十字架に向かって歩む姿が描かれています。

「わたしを誰だと言いますか?」
主のこの質問に、ペテロは答えて言いました。
「神のキリストです」

実はこの箇所こそ、福音書に描かれた主のご生涯の頂点、すなわち人間と神との出会いの接点となった御言葉でした。

日本でもキリスト教式の結婚式が一般的になりました。その昔のキリシタン弾圧の時代を思うと、キリスト教に対してずいぶんと理解が広まったと言えます。
しかし、クリスチャンでない方々は「キリスト」をどのようにとらえ、理解しているのでしょう。学校や教会で聖書を読んだり、学んだりしたことのある人は別として、ほとんどの人は自己流に解釈しているのではないでしょうか。
むしろ、キリストと聞いて、宗教的なことより、音楽や絵画、あるいは文学など、西欧の芸術文化を思い起こす人が多いかもしれません。
あるいは、クリスマスの時期になってようやく思い出すという程度の方もあるでしょう。そのような人は、キリストを大昔の聖人のひとりとして受け止めているのでしょうか。
中には、たくさんの宗教の中から、信仰の対象として自分に合いそうだから、キリスト教を選んでみようかと思ってくださる方もあるかもしれません。これは感謝ですね。

2)神のキリストです
しかし、「わたしを誰というか」という主の弟子たちに対する問いは、実に重いお言葉です。いろいろな人がいろいろなことを言う中で、クイズの答えを探すように考え込んでも、答えは見つかりません。ペテロは弟子たちを代表してこう答えました。「神のキリストです」

「主イエスは神の御子です。神の御言葉です。人の罪を赦す唯一のメシヤです」という告白によって、人は、自分が神の意図によって生み出された人間であることを発見することができます。そして、この発見は、聖霊の働きから始まっていると聖書には記されています。

聖霊によるのでなければ、だれも、「イエスは主です」と言うことはできません。(コリント人への手紙Ⅰ 12:3)

3)キリストを告白する教会  

マタイの福音書 16:18-20
18 ではわたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もそれには打ち勝てません。
19 わたしは、あなたに天の御国のかぎを上げます。何でもあなたが地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており、あなたが地上で解くなら、それは天においても解かれています。」
20 そのとき、イエスは、ご自分がキリストであることをだれにも言ってはならない、と弟子たちを戒められた。

主は、「イエスはキリストです」と告白した者たちにキリストの教会を委ねられたのでした。

キリストの教会こそ神の国の姿であり、神の御旨をあらわす、地上に置かれた唯一の場所です。教会は神が支配なさっている場所なのです。

信仰を告白し、聖霊の神に確信づけられて、さらに強い信仰者としていただきましょう。

私は信じます。父なる神のひとり子、私たちの主イエス・キリストを。

アーメン!感謝
みやけただお